3-4『勇者少女は聞いた』



人気の無い薄暗い裏通りを、燐美の勇者は歩いていた。

燐美の勇者「どこにいったの麗氷……」

宿を出た燐美の勇者は、まず再び待ち合わせ場所の周辺で聞き込みを行った。
道行く人にしつこく聞いて回った結果、麗氷の騎士と思われる人影が、
人気の無い方向へ向っていったという話を聞けたのだが、それ以上の具体的な情報を掴むことはできなかった。

燐美の勇者「みつからない……足を伸ばしたほうがいいかな」

とにかく麗氷の騎士が向ったと思われる方向へ向い、周辺を捜索した燐美の勇者だったが、
麗氷の騎士は見つからないまま、夕暮れを迎えてしまった。

燐美の勇者「ここの警備隊に届け出る……のは気が進まないなぁ」

呟きながら燐美の勇者は路地を伝って行く。
そして路地の出口に差し掛かった所で、燐美の勇者は足を止めた。
路地の先、薄暗い裏通りから話し声が聞こえてくる。

燐美の勇者(あれは)

覗き見ると、裏通りに一台の馬車が止まっていた。

燐美の勇者(あの格好、警備隊?なんでこんな所に?)

馬車の側では警備隊と思わしき人影が何か作業をしている。

凪美兵D「これで最後か。しかし嫌だね、誘拐してきた人間の運送の準備なんてよ」

燐美の勇者(!?)

馬車に荷物を積み込んでいた警備兵から発せられた言葉。
その内容に燐美は声を漏らしかけたが、寸でのところでそれを飲み込んだ。

凪美兵長A「おい、発言には気をつけろ。名目上は政治犯等の罪人って事になってるんだ」

凪美兵D「どこまでその言い訳が通用してるんですかねぇ?口止めのために逮捕したくても口実が無くて、
      強引に誘拐してきたようなのもいるって聞いてますよ?」

凪美兵長A「おまけに議会のお台所の足しにするために、そいつらは売り払われてる。
      はぁ……紅の国の堕ちたもんだ」

燐美の勇者(何……?何の話をしてるの?警備隊が誘拐を……?)

唐突に耳に飛び込んできた衝撃的な話に、困惑する燐美の勇者。
だが、彼女の困惑はそれだけに留まらなかった。

凪美兵長A「……まぁ、元々そんなに綺麗な成り立ちの国でもないがな。それにまだ序章だ……
      この国は連合軍を裏切り、魔王側に付こうとしてるんだからな。今やってる事は、全部そのための前準備にすぎん」

燐美の勇者(んなッ……!?)

凪美兵D「まだ国民には知らされてないんでしょう?治安部隊の中にも、まだ知らされていない隊がいるって聞きます」

凪美兵長A「各部隊には遠くないうちに通達が行くだろうさ。各町や村にも、その時に向けて手を回している。
      そして協力が得られないようなら、めでたく失踪者の仲間入りだ」

燐美の勇者(な……な……)

次々と飛び込んでくる突拍子も無い話に、思考が追いついていかない燐美の勇者。

凪美兵D「夕方、隊長達が捕まえた騎士。あれも何か関係があるんですかね?」

燐美の勇者(ッ!騎士!?まさか……)

凪美兵長A「あれは魅光の王国の騎士だってよ。勇者と一緒にこの国に入ってきたんだと。
      なんで捕縛命令が出たかは知らないが、まあ魔王軍がらみなのは間違いないだろうよ」

凪美兵D「しかし、なんで今回に限って警備隊に命令が?
      勇者がらみだからって、隊長が自ら出て行って、損害を食らったらしいじゃないですか。
      議会の連中、今まで直接的な仕事は傭兵や議会の子飼いの仕事屋にやらせてたのに」

凪美兵長A「その連中に何か不都合があったらしい。だから警備隊に命令が来たんだと。
      勇者本人は、紅風の街の部隊が直接捕まえるみたいだがな」

凪美兵D「全部むこうで片付けてくれりゃいいものを」

凪美兵Dは吐き捨てるように言いながら、最後の荷物を積み込んだ。

凪美兵長A「こんな所でする話じゃなかったな、このへんにしとこう」

凪美兵D「今更、一人二人に聞かれてなにが変わるでもないと思いますがね」

両者は気だるそうに話しながら、荷台の荷物の固定に掛かる。

燐美の勇者(そんな……なんなんだよぉ)

一方の燐美の勇者は、顔を真っ青に染めていた。
何の前触れも無く飛び込んできたいくつもの事実に、彼女の頭は混乱の渦中にあった。
だが次の瞬間に、今の最重要案件が一つ、彼女の脳裏に浮かび上がる。

燐美の勇者(……あ!いけない、院生さんッ!)

宿に残してきた院生。自分や麗氷が警備隊に狙われているのなら。
同行していた院生も決して例外ではないはずだ。
宿に一人で残してきた事を悔やみつつ、宿に戻るべく、その場から走り出そうとする燐美の勇者。
だが、

?「……チッ!」

燐美の勇者「!?」

振り返った瞬間、彼女の目に飛び込んできたのは、背後に立つ何者かの人影。

燐美の勇者「ぐぅッ!?」

それが何者であるかを確認する前に、燐美の勇者の腹部に鈍い衝撃が走る。
そして彼女は路地から通りに蹴り出された。

凪美兵長A「なんだ!?」

路地から突然現れた燐美の勇者に、作業中だった凪美兵長A等が驚きの声と共に視線を向ける。
一方、路地からは燐美の勇者を追う様に、彼女を突き飛ばした人影が出て来た。

燐美の勇者「痛ッ……」

燐美の勇者は迫る人影に、起き上がるのも後回しにとにかく剣に手を伸ばす。

?「この!」

燐美の勇者「がぁッ!」

だが剣に伸ばそうとした手は、追いかけて来た人物に踏みつけ押さえられた。
さらに、その人物は自身の腰に下げた剣を、鞘ごと抜き出し、それで空いている燐美の勇者の左腕を押さえつけた。

燐美の勇者「ぐッ、このッ……え?」

もがこうとした燐美の勇者だったが、自分を押さえつけている人物の顔を見て、動きを止める。

燐美の勇者「嘘……運び屋さん……?」

襲ってきた人物の正体は、昼間、燐美の勇者達をこの町へ送り届けた運び屋という名の女性だった。

商会兵B「クソ、やっぱりもうしばらく泳がせるべきだったと思うね」

路地からはさらに運び屋を追う様に人影が現れる。

運び屋「うるさいな、チャンスだと思ったんだ!」

追ってきた人影に、決まり悪そうに答える運び屋。
運び屋達が纏っているのは、ほぼ黒に近い群青色の軍服。
若干装飾などに違いはあれど、この町の警備隊とほとんど同じ物だった。

燐美の勇者「どうして……?」

そんな言葉を口から漏らす燐美の勇者だが、今の状況と合わせて見れば、答えを予想する事は容易だった。

運び屋「おい、あんたら!ボケーッと見てないで手を貸せ!」

運び屋は燐美の問いかけには反応すらしめさず、側で状況をいぶかしんでいる凪美兵長A等に向って叫んだ。

凪美兵D「手を貸せって……その前に状況説明だろ?お前等、商議会の議員にくっついてきた中央府の警備隊だよな。こんな所で何して……」

凪美兵長A「待て。こいつは……」

凪美兵Dの言葉を遮り、凪美兵長Aは地面に倒れた燐美の勇者の容姿を確かめる。

凪美兵長A「十代後半の女、心与の大陸東に見られる淡い金髪……」

凪美兵D「兵長?」

凪美兵長A「通達道理の容姿……こいつ、例の魅光の王国の勇者だ」

凪美兵D「何ですって?」

そこに倒れている少女の正体に、再度驚きの表情を浮かべる両者。

凪美兵D「なんだってこんな所に?あんたらが捕縛しにかかってるって話じゃ」

商会兵B「捕縛の準備が整う前にコイツが宿を出て……あぁ、詳しくは後だ!」

運び屋「とにかく先に手を貸せ!それと、あんたらのお仲間を応援に寄越すんだ」

躍起になっているのか、彼らは凪美兵町A達に対して声を荒げて要求する。

凪美兵長A「そっちの都合で面倒事を……」

彼等の横柄な態度に、凪美兵長Aは小声で悪態を吐く。

凪美兵長A「……凪美兵D、お前は応援を呼んで来い。ここからなら南区1隊の詰め所が近い」

しかし、何の対応も取らないわけにもいかず、凪美兵長Aは凪美兵Dに指示を出した。

凪美兵D「しゃあねぇ、分かりましたよ」

凪美兵Dは身を翻し、応援を呼びに走り出す。

運び屋「急いでくれよ!さぁ、こいつを拘束しちまおう、そんで――ぐッ!?」

言いかけた途中で、運び屋の足に突如激痛が走る。
視線を降ろすと、燐美の勇者を踏みつけている彼女の足に短刀が刺さっていた。

運び屋「なぁ……ッ!」

運び屋は燐美の勇者の腕を体の上で踏んでいたが、燐美は脇の近くに短刀を隠し持っており、それで運び屋の足を刺したのだ。
足に走った激痛により、燐美の勇者の右腕を抑え付けていた運び屋の足の力が緩む。
燐美の勇者はすかさず右腕を引き抜く。
だが燐美の勇者は、運び屋への追撃は後回しにして、もう一本別の短刀を取り出すと、それを投げ放った。

凪美兵D「ごっ……ッ」

投げ放った短刀は、走り出していた凪美兵Dの喉元に深々と突き刺さっていた。
凪美兵Dは奇妙な声を上げて路上へと崩れ落ちる。

凪美兵長A「凪美兵D!?」

凪美兵長Aは崩れ落ちた凪美兵Dへと駆け寄る。

運び屋「ヅ……ッ、この野郎ッ!」

一方、運び屋は足の痛みをこらえ、再度燐美の勇者を踏みつけようと足を振り下ろす。
だが燐美の勇者は地面を転がりこれを回避。
そして回避した先で足払いを繰り出し、運び屋を転倒させた。

運び屋「ぐぁッ!クソッ……!」

運び屋が転倒した瞬間に、燐美の勇者は懐から別の短刀を取り出していた。
そして仰向けになった運び屋の心臓目掛けて、全体重をかけて短刀を叩き付けた。

運び屋「ぐぇッ……!」

運び屋の胸にナイフが深々と突き刺さり、運び屋は血を吐いて絶命した。
燐美の勇者は息つく着く暇も無く、地面を転がりその場を離れる。
そして燐美の勇者が先ほどまでいた場所に、剣が叩きつけられた。

商会兵B「ヅッ!」

鈍い悪態を吐いたのは商会兵B。
燐美の勇者を狙って剣撃を叩き付けた彼だったが、それは失敗に終わった。
燐美の勇者は背後に抜けると同時に起き上がり抜剣。
商会兵Bの背中を切り裂いた。

商会兵B「げぐッ!?」

商会兵Bの背中はばっくりと裂け、おびただしい量の血を噴出する。
そして商会兵Bは運び屋と折り重なるように倒れた。
商会兵Bの無力化を確認した燐美の勇者は、最後の一人へと目を向ける。

凪美兵長A「……即死か、クソ」

路上にかがむ警備兵――凪美兵長Aは凪美兵Dの息が既に無い事を確認していた。
そして振り返り、燐美の勇者と目が合う。

凪美兵長A「貴様ァッ!」

凪美兵長Aは駆け出し、燐美の勇者へと襲い掛かった。
燐美の勇者は短刀を引き抜き、凪美兵長Aに向けて投げ放つ。
だが凪美兵長Aは飛んできた短刀を抜剣の流れで払い、燐美の勇者へと切りかかった。
燐美の勇者はその場から飛びのき、攻撃をかわす。
そして同時に抜剣。
追撃を加えてきた凪美兵長Aの剣を自分の剣で受け止めた。

凪美兵長A「はァッ!」

だが凪美兵長Aは退くことはせず、二度、三度と重い剣撃を振り下ろし、燐美の勇者を追い詰める。

燐美の勇者「うぅッ!」

連続して振り下ろされる剣撃により、燐美の勇者が微かによろめき、彼女の防御の体制が弱まる。
それをチャンスと見た凪美兵長Aは、大きく振りかぶり、より強い剣撃を燐美の勇者目掛けて振り下ろす。
燐美の勇者はそれを防ぎきれずに、体を切り裂かれるものと思われた。

燐美の勇者「……ふッ!」

凪美兵長A「!?」

だが、そうはならなかった。
凪美隊長Aの剣は、滑るように明後日の方向に逃がされた。
燐美の勇者は真っ向から剣を受け止めずに、絶妙な力加減と剣を角度で凪美兵長Aの剣を逃がしたのだ。
そして体勢を崩した凪美隊長Aの腹部に潜り込み、手にした剣で彼の胴体を貫いた。

凪美隊長A「ごがッ!?」

燐美の勇者の剣の切っ先が、凪美兵長Aの背中へと抜ける。

燐美の勇者「……」

凪美兵長Aの絶命を確認し、彼の体から剣を引き抜く。
ドサッっと、凪美隊長Aの体は地面へと突っ伏す。
見渡せば、薄暗い路上に四人分の亡骸が横たわっていた。

燐美の勇者「……生半可な覚悟で勇者やってないよ」

四人の亡骸を眺め、荒い息を整えながら一言呟く燐美の勇者。
呼吸が整え終えた彼女は、今しがた聞いた話を整理し始めた。

燐美の勇者「どういうこと……行方不明事件が国家ぐるみの人身売買?それに、この国の議会が魔王軍とのつながり?」

呟きながら一つ一つ聞いた内容を反芻する。
思い当たる節は多々あったが、全てを理解するには経過時間が短すぎた。

燐美の勇者「話が飛びすぎだよ……」

泣き言のように漏らす彼女だったが、その片手間に短刀を回収して行く。
疑問な点は膨大にあるが、それ以前に今は院生を一人にしては置けない。
装備を整え直した燐美の勇者は、宿へと戻る道を走り出した。



院生達の宿。

院生「うう……この世界ってちょっと不便」

一階の廊下に、そんな事を口にしながら歩く院生の姿がある。
燐美の勇者の言いつけを守り、基本は部屋で大人しくしていた彼女だったが、
今はお手洗いに用があり、一階へ降りてきていた。

院生「いけない。今はそんな文句言ってる場合じゃないよね」

呟きながらハンカチをポケットへしまう院生。

院生「あれ?何かに引っかかっちゃって……あ!」

ポケットから手を出そうとした時、ペンが一緒に出てきて床へと落ちてしまう。
落ちたペンは床を転がって行き、宿のカウンター内へ入ってしまった。

院生「やっちゃった……えっと、どうしよう。店主さんがいない」

周囲を見渡すも、宿の店主の姿は見えなかった。

院生「しょうがないかな……ごめんなさい」

院生悪いと思いつつも勝手にカウンター内に入り、ペンを拾おうと屈む。
その時だった、
入口が乱暴に開かれ、団体が押し入ってきた。

凪美班長B「警備隊だ、ここの主はいるか!?」

院生(!?)

入ってくると同時に、先頭にいた女が叫ぶ。

店主B「はい?何か御用で?」

宿内に大声が響き、奥にいたのであろう宿の店主が出てきた。
突然の警備隊の来訪に、店主は若干戸惑っている。

凪美兵長B「ここに三人組の女が止まっているはずだが?」

院生(!)

カウンター内の院生は、両者からは死角になっていて見えていない。

店主「は、はい。そのうち二人は、今は外出中のようですが……」

凪美兵長B「では、一人は部屋にいるんだな?」

店主「お、おそらく」

凪美隊長B「よし。その者に用がある、案内しろ」

店主「はい……?し、しかし……」

店主の顔は困惑の度合いを強める。
たとえ警備隊といえども、いきなり押し入ってきた集団を客の下へ連れて行くのはさすがに良しとしないようだった。

凪美兵長B「これは治安維持のための任務意なのだ。拒否すればそちらにも
       しかるべき措置を取る事になるぞ?」

凪美兵長Bは冷たい目で淡々とそう伝える。それは脅し以外の何物でもなかった。

店主「ッ!……わ、わかりました」

凪美兵長B「よし。四名私と来い。残りは宿の周辺を見張れ」

部下へ指示を出すと、凪美兵長Bと数人の警備兵は、店主の案内で二階へと上がって行く。

院生「あ……あ……」

その彼女等の目的であろう院生は、カウンター内で屈んだ状態で、顔を青くしていた。
警備隊が具体的にいかなる目的で院生の元を訪れたのか、彼女には分からなかったが、
麗氷の騎士の行方不明の件、そして今の場の空気から察するに、自身の身が危険に晒されている事だけは理解できた。

院生「……ど……どうしよう」

だが彼女の選択できる行動は多くは無かった。
今まで頼ってきた燐美の勇者や麗氷の騎士はおらず、
ましてや自分で戦うなど論外。
かといって、今しがた訪れた警備隊に身柄を預けるなど、恐ろしくて出来るわけが無い。
恐怖に駆られながらも、なんとかしなければと辺りを見渡す院生。
その彼女の目に、カウンターの出口の先に見える、宿の裏口が飛び込んできた。

院生「……」

一瞬ためらいを見せた彼女だったが、意を決し、姿勢を低くしたままカウンターから這い出る。
そして裏口へとたどり着いた院生は、雨の降る屋外へと飛び出した。
屋外へ出ると、すぐさま一番近くの路地へと駆け込む。
騒がしくなる宿の音を背後に聞きながら、院生は暗い町並みの中へ溶け込むべく走り出した。


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